アサリ

スーパーで売られてる
パック詰めのアサリは、

 まだ生きている

という常識を
自炊を始めたときに
知りました。

普段生活しているなかで
「動物を殺して食べる」という行為から離れていたせいか、
それを知った当時は
しばらく愕然としたのを覚えています。

これどうしよう…。

そして

 まだ生きてる貝たちを
 水も与えないまま
 パックという名の密室に閉じ込めるなんて
 なんて残酷な商品なんだ


人間の業の深さを嘆くと同時に

 生まれ変わるなら
 絶対アサリになりたくない


心に刻みながら
彼らを
塩水のボールに移動させました。

で、
数時間も置いておくと

 ぷひゅー ぷひゅー


各貝たちが口を伸ばして
呼吸しているのが分かります。

時々つついてやると
その口をひゅっとひっこめます。

うぅぅ…健気だ…。

ここまでくると
正直
情が移り始めているのですが、
かといってこのまま飼育するわけにもいかないので
心を鬼にして熱湯の中へ…。

それもいきなりの熱湯ではなく
徐々に温める鬼の所業スタイル…。

ごめんよごめんよ…。

で、
貝がパカパカっと開いた頃
味付けして
そのスープを食べたところ

 うまい!

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それ以来
あの美味しさが忘れられず、
季節がやってくると
多少の罪悪感とともに
アサリを買ってしまいます。

ちょっと話がオーバーになりますが
我々生物は
他の生物の命を奪って
食べ物を食べているんだという基本原理を
アサリは思い出させてくれます。

いや、アサリに限らず
牛肉や鶏肉、卵やキャベツだって
その命を奪ってから食べているのに、
消費者の立場では
直接手を下さないから鈍感になっているだけで
ちゃんと
牛や鶏肉を殺している人がいて
キャベツを土から切り離して収穫している人がいるわけなのでありますからして、
我々は食べている段階で
そういう生命を奪った過程を意識しなければいけないんだ…という基本原理を(略)

そう考えると
めったことでは
食べ物を残す気になりません。

もともと
食べ物を残すことが
ポイ捨てより
さらに嫌いな私。

居酒屋やレストランで
空腹にまかせて
初回にオーダーしまくる行為が
大嫌いな私。

中国では

 お客さんとして招かれたら
 食事を残すのが相手に対するマナー

というのがありますが(今もあるか分かりませんが)
あれも他所の文化ですが
正直あまりいい気はしません。

アサリを調理したら
そのアサリを食べ残すなんて発想はなくなるはずだし
貝柱までちゃんと食べようとするんじゃないだろうか。

小さいお子さんの調理実習には
調理技術を学ばせるということと同時に、
「生命を奪って食べ物を食べる」という概念を知ってもらうためにも
アサリを材料にしてもらいたいと思っています。

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